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房一の顔は重々しい沈思の表情と太い興奮の色とで紅黒く、やはり膏汗が漲つていた。
「坊は?」
と気のない返事をした。
――房一がさういふことを耳にしたのはごく最近である。しかし、いづれにしても房一には直接関係のないことだつた。
と、徳次は叮寧にならうとして一種奇妙な言葉づかひになりながら、
「さあ、殺せ。――うむ、え、さあ。――え、え」
答へながら、彼は紅くなつていた。
房一は無意識に微笑しながらその眼を迎へた。正文はそこに、医者といふよりはまだ世間慣れのしない弁護士のやうな男が、土饅頭を思はせるやうな円まつちい顔を一種恭々うやうやしげな面持でかしこまつているのを、その厚いふくれた唇が不器用な微笑を浮べているのを見た。それは何となく可笑をかしみのあるものだつた。
「うん、寄りがあるからな、あんたはうちに帰つとんなさい」
「いゝかね。あんたの身体はどこも悪くない」
いきなり忙せはしなく立上ると庫裡へ走つて行つて、間も無く茶器を揃へた盆を自分で持ち運んで来た。長い胴を折り曲げるやうな危つかしい調子で房一の前に置くと、
徳次は房一が顔を洗ふ間傍に立つて眺めていた。それからふいに訊いた。
診察がすむと、房一は別の客座敷へ案内された。そこには、床柱の前にお寺さんに出すやうな厚ぽつたい綸子りんずの座蒲団だの、虎斑とらふの桑材で出来た煙草盆などが用意されてあつた。都会地では一時間もかゝらないやうな往診が、この田舎では小半日もつぶされてしまふ、そのくどいもてなしの習慣を知り抜いている房一は、無下むげにも断りかねてそのまゝ坐ると、間もなく和服に着換へた相沢が現れ、その後から銚子を持つた夫人が入つて来た。